見とれすぎに注意? “天国から地獄”のカーボンホイール破壊事件しくじりサイクリスト<4>

2025/06/09    

 自転車乗りなら「あるある」と苦笑してしまうエピソードからプロの失敗談まで、人の振り見て我が振り直す連載『しくじりサイクリスト』。今回は、『ENJOY SPORTS BICYCLE』の執筆陣としてもおなじみの安井行生さんの失敗談。“しくじり”とは無縁そうなエキスパートな安井さんですが、そのエピソードは「カーボンホイールに見とれてスポークを破壊してしまう」という、しくじり度合いもエキスパート級なものでした。

当時、アルバイト代をはたいて手に入れたカーボンホイール(※画像は当時のイメージです)

バイト代をはたいて手に入れた憧れのホイール

 「クルマのルーフキャリアに愛車を乗せたまま立駐に入ってしまった」とか「クルマをバックしたら愛車を轢いた」などのエピソードの持ち主が多くいますが、私はというと、元来の臆病な性格のせいか、単に忘れてしまっただけなのか、派手なやらかしエピソードの記憶はあまりありません。

 そんな私ですが、“しくじり”として思い出深いのが「カーボンホイール破壊事件」です。20数年前、まだカーボン製品が珍しく高嶺の花だった頃、形が非常に特徴的なカーボンホイールがありました。スポークはたったの8本。左右一対になっているので、真横から見ると4本スポークのホイールに見えます。スポーク一本一本は幅が数センチもあり、カミソリのように薄いブレード状。リムとハブとスポークは完全一体型で、まさに空気を切り裂くような造形でした。

 そんなことより、なんといっても最大の特徴はインパクト大の見た目です。どんなバイクでも、そのホイールを入れると見た目がスーパーレーシングマシンに変身しました。どんなに大人しいセダンでも、大きなGTウイングを付ければ戦闘的になりますよね。そんな感じです。

 当然、欲しくなり、愛車に付けたくなるわけです。そのホイールは安全性の面からプロレースでの使用が禁止されてしまうのですが、その影響なのか、行きつけのショップでかなり安く売られていたのを発見し、三日三晩悩んだ挙句、思い切って購入しました。

 当時、バイト代をはたいて手に入れた憧れのホイール。ロゴはただのステッカーだったので、剥がれないようにホームセンターでカッティングシートを買ってきてリムの形に切ってロゴの上から貼り付けて、リムセメントで決戦用チューブラータイヤを丁寧に貼って、愛車に取り付けてみると……やっぱりカッコいい。もうクラクラするほどカッコいいわけです。

夢見心地の初ライドが一瞬で悪夢に

 早速走りに出かけました。今から考えれば横剛性はかなり低く、よくこれでプロ選手がゴールスプリントしていたなと思いますが、確かに空力性能は大したものでした。スピードを上げると「ヒュンヒュンヒュン」という音が響き、見た目と相まって気分を高揚させてくれます。壁に立てかけた愛車を眺めてニヤニヤ。ビルのガラス窓に映った愛車を見てニヤニヤ。ハイスピードクルージングでニヤニヤ。夢見心地の初ライドです。

 しかし、信号待ちでハンドル越しにフロントホイールをうっとりと眺めていた直後、急転直下の悪夢が訪れます。気付くと信号は青に変わっており、慌ててビンディングペダルをはめようとしたところ、クリートが滑ってペダルにはまらず、勢い余った強さでホイールのカーボンブレードスポークを「ガツン!」と蹴ってしまったのです。

 「バキッ」とも「メリッ」ともつかない嫌~な音。思わず「ヒッ」と息をのみ、恐る恐る確認すると、幅にしてブレードの3分の1ほどが見事に割れていました。先述の通り、完全一体型なのでスポーク交換は不可。現在のようにカーボン製品補修サービスなどない時代ですから…、要するに一瞬にしてこのホイールは使用不可になってしまったわけです。

 このようなとき本当に膝から崩れ落ちるものなのだ、と実感しました。目の前が真っ白になり、膝をついた状態でしばらく茫然としていたと思います。まさに天国から地獄。直るわけもないのに思わず割れたところを手でさすると、サクサクサクッとカーボン繊維が指先に何本も刺さり、鋭い痛みが傷心に追い打ちをかけるのでした。

カーボン製品は慎重に扱おう

 今となっては「ホイールが壊れただけの話」に過ぎないのですが、時給800円ほどのバイトをして貯めたお小遣いで、やっと手に入れた憧れのホイールだったので、当時貧乏学生の安井少年が受けたショックは相当に大きいものだったのです。

 このホイールの人気は相当に高く、今でも使っている人をときどき見かけます。その度に、二十数年前のあのほろ苦い“しくじり”が呼び覚まされ、「それ、大事に乗りなよ……」と心の中で声をかけてしまうのです。

写真・文:安井行生(やすい・ゆきお)

自転車ライター。大学在学中にメッセンジャーになり、都内で4年間の配送生活を送る。現在は様々な媒体でニューモデルの試乗記事、自転車関連の技術解説、自転車に関するエッセイなどを執筆し、信頼性と独自の視点が多くの自転車ファンからの支持を集める。「今まで稼いだ原稿料の大半をロードバイクにつぎ込んできた」という自称、自転車大好き人間。

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